僕と素晴らしい明日を叫ぼう

大学生ジャニヲタのゆるっと関西組応援ブログ

わたしの関ジャニ∞GR8EST 7月22日@名古屋【ネタバレ有感想】



こんなにも嗚咽しながら見たコンサートは最初で最後だろう。すばるくんがいない関ジャニを初めて目にする最初で最後の3時間。




ベストアルバム引っさげたツアーだ!「7人」の楽しい夏ライブが始まるぞー!!!!!と信じて疑わず、ワクワクしていた318日。


週刊誌にすばるくんの脱退報道が書かれさすがにこのタイミングではありえない、って流した413日。


その「脱退報道」が現実となってしまった415日。


安田くんの病気、腰の怪我が公表された72日。


7月の頭には最後の出演が謳われる歌番組に卒業スペシャルと銘打った冠番組の数々。




これまで7人の関ジャニしか身体で感じたことがなかった。

そして、正直7月の頭以降の6人になった関ジャニには目を背けてしまっていた。見るのが怖かった。どこかで7人の関ジャニに永遠を求めていたのかもしれないから。




そして私のGR8EST初日が来た。722日。あれからもう3ヶ月以上が経っている。すばるくんはもうその場所には居ない。時というのは残酷だ。

そして「6人」の関ジャニと初対面することになった。




f:id:jw-tkjn:20180724235055j:plain



(以下かなり内容について触れています)







OP

Rebornがテーマ。はじめに映った形が六角形。これはちょっとこじつけかもしれないけど。6という数字が頭をガツンと殴ってくる。

6人なんだよね、これからの関ジャニって。そう思うOP。モニターの中の6人が歩みを進める姿がやっぱり辛かった。私はまだ受け入れられていない。



一曲目。応答セヨ。

ありがたい事に昨年の夏のツアーでオーラスに入っていたので「応答セヨ」をライブで聞くのは二度目。でも、すばるくんのいた「応答セヨ」とキーが少し低くなっていた。

ああ、これが。これがこれからずっと感じる違和感なのかもしれない。大好きな関ジャニに「違和感」を感じたくないのに。

「まだ見ぬ世界 今飛び立とう」

モニターに映された応答セヨの歌詞はきっと6人を待ち受ける未来を思わせた。



一曲目終わってすぐの錦戸くんの言葉に

「もうどれだけ待ってもすばるくんが来ることはありません」と断言していた。こうはっきり言われるとは思わなかったのでなかなかに酷なものだなあと思ってしまった。もちろん、これが錦戸くんのやさしさなんだと思う。変な期待をさせず、6人だけで歩むことの意思表示。



そしてへぶんり。

2番の「不安だってわかり合って 笑っていたいね」という歌詞は今まで年長組3人で歌っていたんだけどそこがヨコヒナに。どうしても勝手に2人を歌詞に投影してしまう。


年下組が逞しく、これからの関ジャニを引っ張ろうとしてくれる姿は関ジャムのすばるくん最後の回に末っ子の大倉くんが見せた爽やかな笑顔で大いに感じられた。でも横山くんはなんか悲しそうな顔をしているし、村上くんはなんか淡々と場を回すし、あまり2人の想いがはっきりと読み取れなかった。


でもきっとこの歌詞のように、横山くんと村上くんは引っ張って行ってくれる年下組、特に錦戸くんを「不安だってわかり合って」見守ってくれるし、

「笑っていたいね」って言って今までの関ジャニが積み上げて来たものを大事にしてきたいのかな、と感じた。



もちろん、丸ちゃんのギャグが暴走するMCや映像、楽しい楽曲、ユニット曲はニコニコしていつも通りの関ジャニとして見ることができた瞬間もある。どこかで「もしすばるくんがいたら。」と考えてしまうことはあったが。


そして本編ラストの一曲、大阪ロマネスク。

6人が歌った歌い出しに涙が溢れる。すばるくんは本当にここにいない。でもどうしても姿を重ねてしまう。これは共感する人が全くいないと思うが、前髪が珍しく重めに揃った村上くんの髪型がすばるくんの面影と重なってしまうくらいにはすばるくんが見えてくる。


私はすばるくんを求めてしまっていた。


コンサートが終わってしばらく経って、セットリスト順に並べて曲をもう一度聴き直した。7人の声の楽曲ばかりだ。GR8ESTな舞台には7人で立ってほしかった。その思いはどうしても拭いきれなかった。





すばるくんのことばかり思わせる内容だが、私はすばるくん担ではない。大倉くん、村上くんがいわゆる担当になる。でも「担当」とか以前に7人が本当に好きだ。



ライブに行ってしばらくしてからもこのまま6人の関ジャニを応援するのか私は本当に悩んでいた。ライブに行ったらすっきりするかもしれないと思ったが、行ったからこそ尚更悩んでしまった。



私は7人の関ジャニが大好きだから。



6人の関ジャニを受け入れてしまうことが7人の関ジャニを否定してしまうんじゃないか、という想いになってしまう。時間が経てば6人に着いて行こうと思えるんじゃないか、そうも思う。

でも、それはすばるくんが居たことを否定してしまうんじゃないか。

そもそも「時間が経てば」という事が怖い。時間が経てば、「慣れ」てしまうし「薄れ」てしまうし「忘れ」てしまう。それが私は一番怖い。



現に私は7人の関ジャニの姿しか「体感」していない。

8人の、内くんが居た関ジャニをいろんなエピソードを見聞きしてはいるが体感していない。

それはあの時から「時間が経った」後から関ジャニを応援し始めたファンだから。

きっと、私が内くんに対して持っている感情のようなものを今後新規でファンになる人がすばるくんに対して抱くのだと思う。それが私が感じる危機感なのだ。



村上くんは722日の公演の最後の挨拶で「時というのは残酷なものです」と言った。言葉の真意は完全には分からないが、まさにその通りだと思う。残酷なまでに美しい時間を刻むが、時間の経過によって残酷に「慣れ」、「薄れ」、そして「忘れ」ていく。どれだけそうしたくないとは思っていても。

だから、私の中で6人の関ジャニの姿をこれ以上たくさん見ずに、記憶を更新せずに、7人のままで留めておく方が美しいんじゃないか。そんな感情を持ってしまう自分がいる。




一方で、「僕たちについて来て良かったと思わせる一年にします」そう高らかに宣言してくれた横山くんがいる。身体を無理してでも強行突破してツアーに出て来てくれた安田くんもいる。そんな6人を見捨てる訳にもいかない。

同じく722日の公演で錦戸くんは「1人欠けただけでダメになるようではそれはグループじゃない」と、そして大倉くんは「ピースが1つ欠けて、僕らはその穴埋めをしようと最初は捉えてたけど、そうじゃない。6人での新たな表現で皆さんに届けたい」と言った。





今振り返ると私は今回の名古屋公演に入る際には7マイナス1人の関ジャニに会いに来たと考えていた。

でも、彼らはそうじゃない。このブログを書きながら改めて読んだ大倉くんの言葉に気付かされた。彼らは6人なのだ。6人で完全体で、発展途上のグループ。


次、私が京セラドームで彼らを見るときには、7マイナス1関ジャニと思うのではなく、全く別の彼らとして見てみたい。





私は7人の関ジャニの大ファンであり、6人の関ジャニの新規ファン。

関ジャニに対して二つのそれぞれ異なった想いを持ち合わせているというのが今の私に現実だ。

この気持ちが今後どうなるかはまだ分からない。

でも、これからも関ジャニを愛し続けていきたい。今はそう思う。